お茶と日々

お茶のことや日々のことなど徒然なるままに

今日のおやつ♡

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これ、先日実家で母からもらったのだけれど。
今流行ってるのかな?

オリーブオイルの中に
ナッツとドライフルーツが入ってて。

ナッツとドライフルーツはもともと大好物♡

というわけで。

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パンに乗せて本日のおやつに♡

うん、おいすぃ〜♪

見た目も宝石みたいで美しいっ♡


なんだか今週はいろいろ疲れた。。
いろんな変化に心がなかなかついてゆけない。

ここで頑張り過ぎても疲れちゃうから、
マイペース、マイペースで。


諸行無常ですから。笑

移り変わるのは当たり前。

そんなこたー頭ではわかっちゃいるけれど。

ぐずぐずと昔を引きずりたいワタクシ。笑


あと一週間ほどすれば
また新たなステージが始まる。

今までは序章であり、
ここからが本番という感じ。


はーーーーーもう。。

やんなっちゃうけど仕方ねーな。

ふぅーーーーーーーーっ

 

持ち味を引き出す

 

lovetealife.hatenablog.com

 

やっぱり。
ここに書いたように、
私みたいに高圧的な態度に萎縮しやすい人って
少なくないと思う。

職場の若い新人の先生が
先輩先生から指導を受けているのだけれど、
なかなか合格がもらえない。

その様子を見ていると、
とにかく萎縮してしまって
本来の「よさ」や「持ち味」が
まったく発揮されていないように見える。


「言われた通りにやらねば」

「間違ってはならない」

という想いでがんじがらめに
なってしまっている感じ。

私から見れば、

「普段通りの先生を出せばいいのに」

「いつもの先生の感じでやればいいのに」

って単純にそう思う。

だってちゃんと

「よさ」

を持ってるから。

その「よさ」さえ出せば
OKなんじゃね?と思うのだ。


指導している先輩先生はどう見てるのだろう。

おそらくは後輩を育てるために
一生懸命なんだとは思う。

でもこれだけなかなか成果が出ないというのは
教え方の問題なのでは?と思えて来る。


おそらくはその一生懸命さで
とにかく知識を詰め込もうとしていたり。

ダメ出しばかりだったり。

悪いところ探しに一生懸命で、
見守るんじゃなくて
見張るような視線だったり。

そこにこの人の「よさ」を、
「持ち味」を引き出そうという
意識はあるのかなって。


もちろん知識も大事。
間違ってたら訂正も大事。

それらが不要だとは言わないけれど、
もうちょっと信頼して放っておくか、
思い切って任せてみたらいいのにと思う。


間違いやダメなところを
指摘されるだけの練習なら、
もう、十分なんじゃないかと。


ここまで来たらあとは本番の実体験と、
成功体験を積ませてあげる方が
近道なんじゃないかと。


ん?あれ?

これ、自分に言ってる?笑


練習ってほんとキリがない。
どこまで行っても未完成というか。

不安が消えることはないというか。

ならば未完成のまま本番に突っ込んだ方が
むしろ完成に近づくのではないかと。

ある種の荒療治というか。笑


新人の先生を見ていて思ったこと。

自分とシンクロしているだけに
余計そう思うのかもしれない。。

 

開き直り

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「花流水香」

まるで映像が見えるようなお軸。

でも花筏とだとすれば
桜は香りがしないから、
何のお花が流れている様子なのだろう…

お軸から季節を感じ、
想像を膨らませる。

はぁ……

すでにこの時点で非日常感満載。

うっとり♡の世界。


今日は先週抜けたので
二週間ぶりのお茶のお稽古。

一週抜けただけで
見事に色々抜ける。笑


近々学校茶道が始まるので、
今日もまずはそのための復習のお点前から。

ん?

あれ?

ダメじゃん。。笑

自分が出来てないこの状態で
ほんとうに人様に教えられるのか??

素直に先生にそう問うと。

やっぱりにっこり微笑んで

「大丈夫♡」

とおっしゃる。

(え?でもお点前間違えましたけど?
そのどこが大丈夫なんっすか?)

と内心思いつつも、
ここまで来たらほとんど開き直りの気分。

どれだけ準備を重ねても
ポカする時はするわけでして。

そうなってくると
もう、
準備万端で挑むということは諦めよう、
という気持ちになって来る。


で。
復習のお稽古はさっさと終わりにして。
自分のためのお稽古に切り替えることに。


4月のお釜は透木釜。
炉での最後の月。

風情ある炉が好きな私。
残り少ない炉のお点前を
名残惜しく思いつつも楽しんで。


「生徒には最初は
細かいことは言わなくていいけど、
先生は分かっていないとね」

と、先生も熱心に指導して下さる。


そう、
伝えるタイミングというものがあるから。

最初っから細かいことまで言われても
生徒はキャパオーバーになってしまうから。

頃合いを見計らって段階的に伝えてゆく。

実際そうやって私も、
最初からつい最近まで細かいことは言われず、
だからこそ楽しくやって来れた。


が。

ここへ来てさすがに
頃合いがやって来たようだ。笑

細かいところまで、
そしてしっかり分かっておくということを。


ここまで来るのに10数年。
結構長い年月。笑

たぶん、
スロースターターなのだろうな。

そして、
ここまで来たら開き直るしかない
というところまで来てしまった。笑


でも。
なんだかんだ言って
お茶が好きなんだろうな。

やめる必要がないから
ここまでやって来たと思っていたけれど、

「続ける必要がない」

とは思いもしなかったもの。。


「好き」

って、意外と自分では気づきにくいもの
なのかも?

 

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今日はお天気もバツグンで、
ほんっと気持ちのいい
よき一日だった♪


はぁーーーーーっ
感謝・・*

 

教える

お茶を教える前に、
職場で新人さんに「教える」という
体験がやって来た。

ずっと下っ端で
いつも教えてもらう側だったので、
そのギャップにドギマギ。。

この、「教える」という時、
自分の心の動きがなかな興味深いなと。


まず第一に、

「自分がどんな風に教えてもらったら
うれしいか」

に心が動いた。
(もちろんそれが本当にその方にとっての
「うれしい」とは違うかもだけれど、
それはちょっと置いといて)

それは言い換えれば

「どんな教え方されるとイヤか」

ということでもあり。

その答えは簡単に出た。

「厳しいのはイヤ!」笑

ということで、
できうる限り、忙しい時でも、
優しく丁寧に教えよう、と。


これは自分の過去の経験から来る。

自分が新人だった頃、
慌ただしい業務中、その余裕のなさから
先輩にキツく当たられて嫌な思いをしたからだ。

それだけはまず避けたかった。


次に心が動いたのは、

「どれだけ自分の失敗を見せられるか」

というところ。

これも過去の経験によるもので、
あまりに出来過ぎる先輩を見てしまうと、

「あんなの私には無理だ…」

と無駄に緊張したり萎縮したりしたから。

これはおそらくは
私の個人的な偏った受け取り方で、
完璧な見本を見ることでいい影響を受ける
人もいると思う。

ただ実際自分がイヤだったことは
やりたくない、ということで。

まずは自分が失敗して見せる。
いいカッコしない。

それでも大丈夫だよって。
先輩の私だってこんななんだから
安心してのびのびやってねって。

そんな気持ち。


ほんと面白い。

「教える」

となった時の自分の心の動きが。

これはおそらく人によって違うと思う。

とにかく漏れなく完璧に教えよう
という人もいるだろうし、
自分がまずは完璧なお手本であろう、
と思う人もいるだろう。

たぶんどれが正解とかはないと思う。
そして、
全ては受け取り方次第なので、
教える側がどういう気持ちであろうと、
その気持ちがそのまま伝わるとは限らない。

けれど。
自分が「いい」と思うやり方で
やるしかないのだ、きっと。

それが合う人がいるかもだけど、
合わない人もいるだろうということ。

そしてそれは仕方ないのだ。


私自身が真面目で緊張しいだからこそ、
人にはなるべく気楽にのびのびと
やってほしいって思うんだろうな。


なるべく笑わせたい。笑

それが私の「教える」時のモットーだ。笑

 

やっぱり「血」だ!

昨日は父の七回忌で
実に5年ぶりの帰省となった。

昨年はコロナで
母もこちらに来ることがなかったので、
母と会うのも2年ぶり。

妹家族に会うのは5年ぶり!

一応家族とはいえ、
お互いの住んでいる場所が
少し離れていることもあり、
非常にあっさりとした間柄。笑

大学入学と同時に家を出たので、
今住んでいる場所の方がすでに長く、
実家に帰省しても
その地域への愛着度は薄い。

完全にこっちの人だ。


かといって家族と会えば普通に仲良し♪
距離があるからこそ
ちょうどいいのかもしれない。

俗に言う

「スープの冷めない距離」

という感じで。


そんなこんなで
母と妹と久々におしゃべりのひと時を。

特に妹とは滅多に会わないし、
子供の頃の姉妹関係ともまた今は違う。

お互いかなりいい大人になって
改めてこうしておしゃべりしてみると、
結構面白い発見がある。


子供の頃は同じ部屋を共有し合う
まるで敵同士のような間柄で。笑

たぶん
お互いお互いをよく思っていなかった。

私が早々に家を出たので、
妹はさぞやせいせいしたことと思う。笑

そんな間柄も月日が流れ、
お互い親となり、歳を重ね。
改めて向き合ってみると
実は似ているところも発見できて。

母を含めて

「そういうところあるある〜」

と3人共通の性質があることがわかると、

「やっぱりこれは血なのかね〜」

って納得したりして。

自分だけじゃなかった。
そして自分のせいでもなかったという
安心感のようなものも感じたり。


その性質とは?

私たち(母、私、妹)、
人の込み入った話
(誰それがあーしてこーしてそうなって…
というような他人の噂話的な)
を聞くのが苦手だってこと。

苦手というか、
話が途中から理解できなくなってしまう。笑

「これって頭悪いってこと?」

「そうなんじゃな〜い?」

とゲラゲラ。笑

ほんと、
時々自分が心配になるくらいに
話が理解出来ず、
ついてゆけないことがある。

でもそれは私だけじゃなかった!

「血」だった!笑


ってなわけで
同じ血を分け合う者たちとの
束の間のほっとする時間。

またしばらく会うことはない。

でもそれでいいのだ。
それがちょうどいい距離感。


しかしお坊さんのお経は長い。
そしてお経のあとのお話も長い。

お坊さんも大変だろうが、
我々もなかなかに大変である。

肝心の父は喜んだだろうか。。笑