お茶と日々

お茶のことや日々のことなど徒然なるままに

余白

今日は実に8日ぶりの
なんにも予定のない日♪

それだけでうれしい♡

溜まっていた用事も
次々に消化してゆける快感。。


「余白」


そういう余白の日って大事。


余白って
日本人の美意識でもあると思う。

お茶室なんてまさにそう。

余白だらけで
人によっては無駄な空間に
見えるかもしれない。

もちろん好みもあるだろうけれど、
その余白によって
心が静かになったり、
清々しくなったり、
心にゆとりを持てたり…
おそらくいろんな効能があると思う。


神社やお寺がそう。
石庭なんかもそう。

むしろ余白がほとんど。

だからこそそこにあるものが引き立つ。


昔、ある方のお花の展示会に
行ったことがある。

確かその方は

「花を生けないことで花を生ける」

というようなことをおっしゃった。

つまり。
余白というものを大事にしているのだと。

つい人は
余白があるとそこを埋めようとする。
その余白に花を入れようとする。

でもあえて余白は余白のままにすることで
生けた花がより生きるのだと。

うろ覚えだが
確かそんなお話をされていた。


何年も前のことだけれど
これだけ心に残っているということは、
やはりそこに強く共鳴したのだと思う。

それはお花の話でありながら
生き方に通じる話で。

まさにそうだと。

つい人は
空いているスケジュールは埋めようとしがち。
(もちろんそうじゃない人もいるけど)

私には元々その感覚がないので
想像でしかないけれど、
スケジュールが空いているというのは
どこか不安な感じがするのだろうか。

埋めなけれな気が済まないというような、
どうにかして満たそうとする欲求?


逆に私は余白なしでは
すぐにアップアップしてしまう。笑

そんなの絶対無理という感じ。

余白がなくなると同時に
余裕がなくなるというか。

それは精神的にも肉体的にも。

おそらくはキャパが小さいのだと思う。

よってすぐいっぱいになってしまうから。
だから余白の確保は必須なのだ。


暇そうに見えると思うけれど、
実際は余白という名のスケジュールを
確保するのに忙しいのだ。笑