お茶と日々

お茶のことや日々のことなど徒然なるままに

教える

お茶を教える前に、
職場で新人さんに「教える」という
体験がやって来た。

ずっと下っ端で
いつも教えてもらう側だったので、
そのギャップにドギマギ。。

この、「教える」という時、
自分の心の動きがなかな興味深いなと。


まず第一に、

「自分がどんな風に教えてもらったら
うれしいか」

に心が動いた。
(もちろんそれが本当にその方にとっての
「うれしい」とは違うかもだけれど、
それはちょっと置いといて)

それは言い換えれば

「どんな教え方されるとイヤか」

ということでもあり。

その答えは簡単に出た。

「厳しいのはイヤ!」笑

ということで、
できうる限り、忙しい時でも、
優しく丁寧に教えよう、と。


これは自分の過去の経験から来る。

自分が新人だった頃、
慌ただしい業務中、その余裕のなさから
先輩にキツく当たられて嫌な思いをしたからだ。

それだけはまず避けたかった。


次に心が動いたのは、

「どれだけ自分の失敗を見せられるか」

というところ。

これも過去の経験によるもので、
あまりに出来過ぎる先輩を見てしまうと、

「あんなの私には無理だ…」

と無駄に緊張したり萎縮したりしたから。

これはおそらくは
私の個人的な偏った受け取り方で、
完璧な見本を見ることでいい影響を受ける
人もいると思う。

ただ実際自分がイヤだったことは
やりたくない、ということで。

まずは自分が失敗して見せる。
いいカッコしない。

それでも大丈夫だよって。
先輩の私だってこんななんだから
安心してのびのびやってねって。

そんな気持ち。


ほんと面白い。

「教える」

となった時の自分の心の動きが。

これはおそらく人によって違うと思う。

とにかく漏れなく完璧に教えよう
という人もいるだろうし、
自分がまずは完璧なお手本であろう、
と思う人もいるだろう。

たぶんどれが正解とかはないと思う。
そして、
全ては受け取り方次第なので、
教える側がどういう気持ちであろうと、
その気持ちがそのまま伝わるとは限らない。

けれど。
自分が「いい」と思うやり方で
やるしかないのだ、きっと。

それが合う人がいるかもだけど、
合わない人もいるだろうということ。

そしてそれは仕方ないのだ。


私自身が真面目で緊張しいだからこそ、
人にはなるべく気楽にのびのびと
やってほしいって思うんだろうな。


なるべく笑わせたい。笑

それが私の「教える」時のモットーだ。笑